2026年7月24日、静岡市で開催されたオープンイノベーションイベント「TECH BEAT
Shizuoka 2026」にて、「スター精密×AIスタートアップが切り拓く静岡版産業AI革命」と題し
たセッションが開催されました。
静岡を代表する工作機械メーカー・スター精密株式会社と、同社の新工場に実際に足を運び現場の課題に向き合ってきた3社のAIスタートアップが登壇し、「現場の課題を言葉にできているか、いかにして"現場の仲間"としてのAIを実装していくか」について議論が交わされました。
本レポートは、各社のPoC(実証実験)の姿と、議論のキーメッセージを整理したものです。
登壇者(敬称略):
・株式会社エスマット 代表取締役 林 英俊
・スター精密株式会社 専務取締役 佐藤 誠悟
・スター精密株式会社 機械事業部 製造部 生産技術室 室長 木村 友亮
・株式会社Skillnote 代表取締役 山川 隆史
・株式会社ARCRA 取締役COO 勝 駿介
モデレーター:
・TECH BEAT Shizuokaプロデューサー/Carbide Ventures General Partner 堀内 健后
セッション冒頭、スター精密株式会社の佐藤氏より事業概要が紹介されました。同社は創
業78年、工作機械と業務用プリンター事業を展開するグローバルニッチ企業です。1962
年、売上わずか2億円だった時代に「日本の人口は世界のわずか3%。残りの97%を取り
に行く」という決断で海外進出に踏み切り、現在は売上・生産の9割を海外が占めるまでに
成長しました。
今年2月に竣工した新工場は、同社史上最大規模となる約100億円を投じたプロジェクトで
す。佐藤氏は新工場のコンセプトとして、「DXの推進」「環境配慮設計」に加え、自動化・生
産性向上を柱に据えた施策の3つを掲げ、夜間は警備員1名の見回りのみで、あとはロ
ボットが無人でものを作り続けるほど自動化を進めていると説明しました。
一方で、ミクロン単位の精度が求められる組立工程は、今も熟練者による完全手作業。日
本のものづくりを支えてきたすり合わせ技術が、最先端の自動化と同居しているのがこの
新工場の特徴です。木村氏は「人はスキルの必要な仕事に集中する。ロボットがどんどん
入っていって、人を助けている」と語ります。
スター精密株式会社は、この新工場を惜しみなくスタートアップに開放しました。
自分たちの頭の中にある、こんなことできないかという問いに対し、スタートアップに壁打ち
相手として考えてほしい。現場の課題は現場にある。スタートアップならではの視点に価値
を見出したと振り返り、ここから3社それぞれのPoCが始まりました。
「データが取れるところはとにかく取るくらいのスタンスで現場を見てきた」と語るのは、株
式会社エスマットの林英俊氏。
同社はかねてより、IoT接続型の重量計「スマートマット」を使った在庫管理の自動化に取り
組んできました。スター精密の新工場でも、組み立て工程における微細な精密部品、たと
えばネジやボルトなど、取り違えが起きると後工程で大きな手戻りを生む部品の在庫数量
をリアルタイムで検知する仕組みのPoCが進んでいます。
「人の注意力には限界がある。だからこそ“重さの変化”としてデジタルに置き換え、これは
違うと即座にアラートを上げることで、人の感覚をデジタルで補強できる」と林氏は話しま
す。
さらに林氏は、次のプロダクトとして 「ボトルネックファインダー」 の構想を明らかにしました。
稼働率や日報、計画値など、現場に散在する汚いデータ、――欠損や表記揺れを含む大
量のCSV――をAIで自動的にクレンジングし、経営や改善に活かせる洞察へと変換する
ツールです。「工場長の相棒になる存在を目指す」と林氏は説明しました。
また協業の役割分担について、「製造業の現場は、自社の特定のことに関しては圧倒的に
深い。ただ我々スタートアップは1,000社以上の現場を幅広く見てきているので、このパ
ターンならこの解き方があるという最適解を一緒に見つけることができる」とした上で、「8割
方のことは現場が自力でできるかもしれないが、残りの2〜3割は、幅を持つ我々スタート
アップだからこそ貢献できる部分」と協業の本質を示しました。
人とAIが同じ工場で隣り合う、新しい人中心のDX像の提示がなされました。
製造業に特化したスキル管理SaaS「Skillnote」を展開する株式会社Skillnoteの山川隆史
氏。同氏は、熟練技能の可視化・棚卸しを起点に、それを会社の資産として、活用しなが
ら、組織の競争力を変えていくソリューションを説明しました。溶接や設計といった既存技
能の可視化、多能工化、人材配置の最適化に加え、AI時代に新たに生まれる運用スキル
までをスコープに据える姿勢を示しました。
「働いている人が、スキルや働き方が変わってもモチベーションを持ち続けられるように」と
提案の核心を解説。
製造DX協会の理事も務める山川氏は、デジタルツールを誰もが当たり前に使いこなす現
場を増やすための業界啓蒙活動にも言及。技能継承を人から人だけの一方向ではなく、
AIを仲立ちにした共創へと拡張する提案を行いました。
「熟練者が一目で判断していかなければいけないところが、残っているというところを実際
に目の当たりにし、ここにスタートアップとしてかかわらせていただく意味がある」。画像認
識AIを強みとする株式会社ARCRAの勝駿介氏は、スター精密の新工場を実際に見学し
た体験を振り返りました。
同社はこれまで、トマトの自動収穫ロボットや、真珠の品質判定AIなど、熟練者の目利きに
頼っていた複雑な判定を、画像認識でAI化する取り組みを積み重ねてきました。
PoCの肝は、画像認識そのものを導入することではなく、画像認識を通じて現場の熟練者
の判断基準を標準化に転換すること。新工場見学を経て目を留めたのは、言語化されて
いない熟練者の判定基準の存在でした。
モデレーターからは、傷、大きさ、光の当たり方など複数の要素が重なった総合判定になる
画像判定の難しさについて問いが投げかけられました。これに対し勝氏は、当然100%は
難しいと返し、「ただ人の目で見て判断しなくてもいい部分まで、人を通してやっている工程
もあった」とし、間違いなく工数削減には影響できると回答しました。
勝氏は最後にAIは目的ばかりではなく、目指す姿を追究したうえで、それを共有できる相
手と相談し、課題提起していく姿勢が必要、と語り、AI導入の進め方へのメッセージを残し
てセッションを閉じました。
本セッションを通じて繰り返し語られたのは、「何をAIに問うか」「AIが出した答えをどう判断
するか」この2つの意思決定は、人間の仕事として残り続けるという視点です。AIが進化し
ても、現場が抱える問いの立て方と、最終的な判断は人間の手から離れない、というの
が、この日のセッション全体を貫くメッセージでした。
ロボットのティーチング技術を専門としてきた木村氏は、自身が培ってきた知識がAIに代替
されていくだろうという危機感を率直に認めつつも、その先の変化を、よりよく変えていける
のは人間だと前を向きました。
佐藤氏は「何をAIに問うかが重要で、その課題は現場にある」と話し、ミクロン単位の精度
を支える熟練の技能が集積する静岡だからこそ、現場×AIには大きな可能性があると語り
ます。
3社のPoCはいずれも、AIに人の仕事を奪わせるのではなく、現場の気づきや判断を支え
る存在として実装しようとしています。最先端の自動化と、AI・ロボットの最前線が同居する
スター精密が選んだのは、人が減らされる道ではなく、人の判断が問われる領域に集中で
きる道。新工場を外部のスタートアップに開いた一つの決断から始まったこの共創は、これ
からも静岡の製造業の現場で続いていきます。