DXのミライ

TECH BEAT Shizuoka 2025 イベントレポート

作成者: Admin|Sep 16, 2025 12:23:42 AM

 

2025年7月24日、静岡市で開催されたオープンイノベーションイベント「TECH BEAT Shizuoka 2025」にて、静岡を代表する世界的大手製造業企業、地域を支えるアトツギ企業、製造業DXを推進するスタートアップ経営者らが登壇し、「製造DXの課題と静岡の可能性」について多角的に議論が交わされました。

本記事では、当日のセッションから見えてきたキーメッセージを抜粋し、スタートアップと地域大手が手を取り合う新しいDX共創モデルの現状と展望をレポートします。

登壇者(敬称略):
・株式会社エスマット 代表取締役兼製造DX協会代表理事 林 英俊
・株式会社エンコース 代表取締役社長 石井 幹人
・株式会社Skillnote 代表取締役 山川 隆史
・スズキ株式会社 生産本部長 水谷 圭介
・ヤマハ発動機株式会社 生産技術本部執行役員本部長 茨木 康充

モデレーター:
・TECH BEAT Shizuokaプロデューサー/HEART CATCH 西村 真里子

登壇動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=WLiRQi2gLwY&t=16s

トピックス①:スタートアップから見た静岡製造業の魅力

冒頭、製造業DXを推進するスタートアップを代表して登壇した林と山川氏より、スタートアップから見た静岡製造業の魅力が語られました。
林氏は、「静岡県は日本一の製造DX先進県になれる」と力強く宣言。その根拠として、以下の3点を挙げました:

 

  • 製造業の集積:全国有数の製造企業が集中しており、産業基盤としての厚みがあること。

  • イノベーション文化の浸透:挑戦を後押しする「やらまいか」精神、ファンドや制度支援の充実。

  • 組織間の距離の近さ:企業、行政、スタートアップが日常的に交わる文化があり、自然な共創が生まれていること。

 

「このセッションに、これだけ多様な登壇者が揃っていること自体が、静岡の可能性を体現しています」(林氏)


山川氏も、「静岡には現場課題が多く存在し、なおかつ企業規模を問わずオープンに議論ができる風土がある」と述べ、「静岡だからこそ、日本のDXモデルになり得る共創が可能だ」と強調しました。

 

トピックス②:大手製造業のDX戦略とスタートアップとの共創事例

続いて、ヤマハ発動機株式会社 茨木氏・スズキ株式会社 水谷氏からも、両社のDX戦略とスタートアップとの協業の取り組みが共有されました。

ヤマハ発動機の茨木氏は、「現場サイエンティスト」の育成を中心としたDX推進の事例を紹介。「現場サイエンティスト」とは、ものづくりの現場を深く理解し、同時にデジタル技術も自在に扱える“両利き”の人材を指します。

茨木氏は「本当に価値を生み出すのは人。デジタルはあくまで手段だ」としたうえで、現場1で長年働いてきた熟練者が持つ仮説を形式化・可視化し、データで検証することがDXの本質だと説明。「現場・現実・現物」の考え方を軸に、現場の直観とデジタルの精緻さを融合し、仮説検証サイクルを高速で回す文化の醸成に注力していると語りました。



一方、スズキの水谷氏は、自社の社是や創業者精神に根ざした「お客様のためのものづくり」という姿勢とともに、DX推進の具体的な取り組みを紹介しました。中期経営計画に基づくスマートファクトリー構想の中で、現場に眠る大量の紙帳票やPHS依存の業務をデジタルに置き換える必要性を提示し、可視化の“その先”にある行動変革の重要性を強調しました。

その中で、エスマットが提供する「SmartMat Cloud」が実際にスズキの工場内に導入されている事例が紹介されました。ねじ箱の重量から在庫数を自動で割り出し、アナログな在庫管理を脱却する仕組みが、スズキの現場改善に貢献していることが語られました。水谷氏は「今後は、取得したデータを使って何をやるかを、林氏や山川氏と一緒に考えていきたい」と述べ、スタートアップとの継続的な共創の意志も表明しました。

このように、静岡では大手企業の課題意識とスタートアップの機動力が噛み合い、相互に価値を生み出す共創モデルが着実に動き出していることが示されました。

 

トピックス③:アトツギ世代からの提言

地域製造業を継ぐ「アトツギ企業」からは、現場のリアルな悩みも共有されました。エンコースの石井氏は、自社が2018年の社名変更をきっかけに、「数字を見える化する」ための地道な取り組みを重ねてきたことを紹介。部署別のPL管理や商品別原価の可視化に3年間かけて取り組み、見えないコスト構造に光を当ててきたことを振り返りました。

また、副業人材を活用し、クラウド環境の構築や社史の再整理、リソースの棚卸しを通じた事業戦略立案などにも着手。その結果、自社製品が国内シェア1位を獲得するまでに成長したと語りました。

現在はコーポレートブランディングにも力を入れており、「自社の強みを言語化し、発信していくフェーズに来ている」と認識。今後の課題として、人材不足を背景とした採用支援、技術継承に向けた教育体制の強化、そしてブランド発信を支える広報活動の高度化を挙げ、アトツギ企業ならではの視点を示しました。

 

トピックス④:「静岡を製造DX先進県に」するために必要なこと

セッション終盤では、「静岡が“製造DX先進県”となるには何が必要か?」をテーマに、登壇者全員でパネルディスカッションが行われました。

全国的に「オープンイノベーション」が叫ばれる中で、静岡ではリアルな現場課題の提供とフィードバックを起点に、実効性ある共創が進んでいると評価されました。

また、「スタートアップ留学」や「丁稚奉公」のような形で、人材の行き来を促すことの意義も強調されました。互いの現場を体験することで、“腹落ちする共創”が生まれるといいます。
一方で、地域企業の閉鎖性や情報発信力の弱さが課題として挙げられました。特に浜松では、経営層が外部と接点を持ちにくい現状があり、若手世代による変革が求められています。

最後に、共通のメッセージとして登壇者たちは、「立場や組織規模ではなく、個人として何を変えたいか、どこに情熱を持てるか」が共創の出発点であると訴えました。DXは目的ではなく手段であり、楽しく意義ある未来をともに描けるかどうかが、静岡を製造DX先進県に導く鍵であると締めくくられました。

 

トピックス⑤:静岡県知事からのエール

パネルセッションの終盤には、鈴木康友静岡県知事より、地域におけるDX・スタートアップ支援に対する力強いメッセージが送られました。

知事は、スタートアップ支援の黎明期を振り返りつつ、「いまや大手企業とスタートアップが共にDXに取り組む姿は感慨深い」と述べました。

さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)を真に機能させるには、組織そのものの変革、すなわちCX(コーポレート・トランスフォーメーション)が必要だという考えを提示。単にデジタル技術を導入するだけでなく、組織文化や意思決定構造の変革こそが重要だと強調。

加えて、自治体も例外ではなく、ローカルガバメント・トランスフォーメーション(LGX)を掲げ、行政組織の意識改革に取り組むべきだと述べました。浜松市長時代は、若手職員をスタートアップ現場へ派遣するなど、「頭の中身を壊すくらい」の越境的な取り組みも進めた。

また、中小企業の「第二創業」支援にも言及し、「ゼロイチだけでなく、すでに積み上げた企業がもう一段成長する挑戦も静岡の未来を支える」と呼びかけました。

最後に、静岡を「製造DX先進県」として位置づけ、今後も県をあげて製造業のDX化を大きく進めていくと力強く宣言。地域全体での変革への覚悟と期待を込めたエールで締めくくりました。

おわりに

TECH BEAT Shizuoka 2025の本セッションでは、スタートアップ・大手企業・地域企業・行政、それぞれの立場からのリアルな課題と前向きな提案が交差しました。

とりわけ、「現場を起点にした共創」が静岡という地域の特性と合致し、具体的な成果と手応えをもって語られていた点は、この地域が全国に先駆けてDXを実装する“実験場”であることを改めて印象付けました。